ウガンダ15年 コーヒー・バブル

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94年はとても景気の良い年でした。あんな好景気はもう二度と来ないと思います。

確かこの年はブラジルのコーヒーが不作で、ウガンダのコーヒーが国際的にとても高く売れた年です。翌年、コーヒーの輸出に課税されるような税制になったようで景気が落ち着き、その2-3年後に付加価値税が導入され、一気に景気は停滞しました。

しかし、94年の景気の良さは今でも良く憶えています。当時の私が扱っていた車やバイクは飛ぶように売れていて、完全な売り手市場でした。また、娯楽のないウガンダ人がお金を持て余し、毎晩のように飲み歩き、コンゴ人の生バンドがそこらじゅうで演奏をしていました。貯蓄性がないためか、この頃儲かった人たちで、今でも商売が続いているのは、ほんの一握りだけです。

為替レートは、私が来た94年6月が千シリングくらいで、その後900シリング,800シリングとどんどんシリングが強くなっていきました。輸入商品を売りやすくなるものの、自分の給与は目減りしていくジレンマにありました。

当時私の居た貸しビルに、大きなコーヒー会社があったのですが、コーヒー農家が集金に来て、そのビルの1階にある銀行にも来ていました。今思うと、あれでよく銀行が成り立ったなというくらい、いい加減な銀行で、お客さんは列を作らずに円を作って待っているし、受付も誰が先に来たかなんてお構いなしでした。その全てを好景気が解消していたのでしょう。

内戦終了後、初めて来た好景気に街が湧いていたのだと思います。これが普通のウガンダかと当時の私は思いました。経営の甘かった会社は景気の停滞と共に淘汰されていきました。

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