ウガンダの認識 基盤のない民主主義

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昨年から、民主化の名の下に多くの地域で暴動が起きているが、果たして民主主義はアフリカに適した政治制度なのだろうか。

基盤のない民主主義とは、私がウガンダに住んでいて時々思うことだが、君主制としての社会の経験のない社会で民主主義は成立しないのではないかと思う。

フランス革命の後で、民主主義という政治制度が確立できた背景に、君主制の下に作られた高度な社会制度があり、それを土台にすることができたからこそ、革命後の民主主義は成功したのではないかと推測する。アメリカもヨーロッパ人が北米に侵略し、その土地の君主になって社会を作り、その後でやっと民主主義になったようなものだと思う。

現在の多くのアフリカの国の国境は、1880年代に開かれたベルリン会議でヨーロッパ人によって引かれた。ウガンダに関しては、半分くらいが王国という社会があった地域、半分くらいは国は存在しなかった地域で、統一された社会を成形したことは一度もなかった。王国においては、法の上にいる王様が力づくで国を治め、民主主義を一度も経験していないし、国のなかった地域はそもそも国自体を経験していない。

そんな背景の中で、第三者によって多くの民族が集められて国が作られ、彼らによって国が治められた。治めたといっても、1894年から保護領となる地域が増えて、1963年には終わっており、70年にも満たない。最初から保護領の制度が機能していたとは思えないし、どちらにせよ社会を成形するには期間があまりにも短い。しかも、第三者によって作られただけに、社会の実情に合わないままに終わっている。

そして、第三者によって作られたいわゆる「ウガンダ」と呼ばれる地域は独立する訳だが、独立後に見事に社会が崩壊してしまう。第三者の思惑で、最初から連立政権だったことも崩壊の大きな要因だが、やはり一度も自らの手で束ねたことのなかった社会でいきなり民主主義による統治はできなかった。民主主義が成立するほどの基盤が社会になかったということだ。

また、今まで経験したこともない大きな社会の要職につくことによって得られる利権の魅力はとても大きい。多くの政治家や役人が利権を乱用しているのが現状で、社会の形成の大きな妨げになっている。本来、公共サービスに使われるべきもののかなりが、少数の個人の資産になってしまっている。

社会制度の基盤がなく、また大半の人が社会を作るという意思が希薄な中、民主的な政治は実現できるだろうか。現在においては、外部からの支援が国という社会単位に与えられているため国が存続しているが、もしそれがなければ現在ある国の存在もしだいに意味合いが薄れていくだろう。しかも、それを民主主義で治めるというのに、私は現実味を感じない。

また、アフリカの社会はちょっとしたきっかけで、激変してしまう可能性を秘めていると思う。フランスでの暴動をきっかけに、世界中に民主主義が広まったのように。その時、彼らが彼らの社会に最も適した政治制度を築くのではないかと思う。

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