アフリカ回想録2022 外国人との接し方

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私の住むウガンダでは1970年代に国籍を問わずアジア系の移住者を追放した歴史があり、その時にアジア系以外の外国人も殆どがウガンダから撤退した。追放された外国人をウガンダに呼び戻したのは1986年に政権をとった現行の大統領で、70年代に没収した資産も返還するなど、積極的に帰還者を受け入れた。

そのような時代だったので、私がウガンダに来た1994年はウガンダにいる外国人は本当に少なかった。日本人も中国人も20人もいなかったのではないか。また今よりも国全体の経済力がなく、外国との経済格差が大きかった。その中、当時私は予期せずウガンダで数少ない外国人になったのだが、意味なく街中で声をかけられる、面前で話しかけられるなど、外国人の知人がいることを見せびらかすかのように接せられることも多かった。

ただ、当時もアジア人嫌いの傾向は強かった。アジア人と言っても数少ない東洋系ではなくて、独立前から移住してきていたインド系の人たちがその対象で、国の経済を彼らに牛耳られていたことが背景にある。不思議なことに自分たちの国を支配したことがある英国や欧米への嫌悪はなかった。彼らに対しては、へりくだった態度で外国人用の自分を振る舞う人もいて、それは過去の歴史の名残だったのかもしれない。

当時、東洋人の社会的地位はとても低く、貧しい国、未開発の国からの人として扱われ、街中では今では想像できないほど汚い言葉で罵られた。英国の保護領であったためか、英語を話す者は偉い人だという考え方があって、英語を話さない中国人は学のない程度の低い人として考えられた。それに対して、工業製品の知名度の高さからか、日本は特別扱いで強い尊敬を持たれていた。

2000年代に入り、ものすごい数の中国人がアフリカに移住してきた。本国の経済成長に伴い、裕福な中国人がアフリカに来るようになったし、アフリカ人が輸入品の買い付けに中国に行って、中国の経済発展を自らの目で確認した。それで、アフリカでの中国人に対する考え方、東洋人に対する態度が一気に変わった。今でも街中を歩くと中国人と冷やかされることはあるが、相手を馬鹿にする度合いが全く違う。反面、私が日本人と言った時の特別扱いの度合いは薄れたように感じる。

ウガンダの人たちが特に国際情勢に敏感だとは思わないが、世界の流れを何らかの形で感じつつ、外国人をどう認識するか、自分との関係性、外国人との接し方も変わっていくのだろう。

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