訃報 弊社運転手 ポール・センピッジャ死去

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私の経営している旅行会社、グリーンリーフ・ツーリスト・クラブの社員、ポール・センピッジャが2018年7月13日(金)に亡くなり、昨日14日に葬儀と埋葬が行われました。

自分にも社員にも厳しい性格ということもあり、普段あまり褒めることが少ない私ですが、ポール・センピッジャ君は私が手放しで褒めることができる唯一の社員でした。また、私の良き理解者でした。運転手としての技量はもちろんですが、会社や顧客に対する忠誠心、貢献心の意識が高い、人格を持ち合わせた本当のプロの運転手でした。

彼との出会いは、2003年くらいだったと思います。ある日系企業がウガンダでのプロジェクトを終えて帰国される際に、とても優秀な運転手がいるからと紹介を受けたのがきっかけでした。勤務態度、時間を守るのは当然、あととにかくお金にきれいで、お金をごまかしたりすることが一切なかったと、などなど伺いました。

彼は、一度通知なしに退職したことがあります。勤務が始まって2年後くらいの時期だったと思うのですが、自社の重要な運転手が急にいなくなり、とても困ったのを覚えています。退職から半年か1年したところで、彼が急に事務所に現れ、子供が生まれたタイミングで給与が何倍か高い求人があり、それを逃したくなかった、通知せずに退職して申し訳なかったとの謝罪があり、私からは、君と家族の人生がかかっているのでそれで良し、ただ今後人に迷惑をかけるようなことはしないよう伝えて帰し、彼との関係は一旦そこで終わりました。

それから更に2-3年してから、彼がまた急に現れて、もう一度和田の下で働きたい、今度は急に辞めたりせず、ずっとこの会社で働くとのこと。それが2006年くらいのことで、その言葉の通り、最後まで私の会社で頑張ってくれました。

人格、勤務態度、運転技術は申し分ないながら、彼はいわゆる高学歴者ではなく、観光業界が成長する中、彼はガイドではない運転手という立場にいました。それから観光ガイドの研修を受けて、自分でも観光の勉強をして、この数年以上はガイド兼運転手として頑張り、どんなお客様からも好評化を受けていました。商用の顧客のレンタカーサービス、個人旅行者の観光ツアー、取材のロケ、どんな仕事でも見事にこなし、日本人のお客さん、欧米からのお客さん、誰からも喜ばれる運転手でした。

急なことだったので、まだ全てのお客様に訃報を伝えられていないのですが、週末の連絡だったことにもかかわらず、多くのお客様より返信をいただきました。また、例外なく皆が彼の優秀さを述べられていました。

この10年で、旅行の担当社員が何度か変わったこともあり、彼が接してきた全ての方に直接ご連絡を差し上げることができないかもしれません。このブログで知ってもらえたらと思っております。

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