ウガンダの国語は英語である。英語という外国語が国語となっている。行政も全て英語で行われ、法律も英語で書かれている。しかし、彼らの第一言語は、それぞれが育った地域で使われている現地語・部族語だ。この外国語で国語である英語と、現地語を上手く使い分けているのを見掛ける。
先ずは、スピーチや演説。ウガンダでは、英語が話せることは偉いことなので、英語が苦手な人でも、スピーチや演説は必ず英語でする。文法や発音はお構いなしで、とにかく英語で話すこと自体が重要なようだ。しかし、通信の道具として「建前」言語の英語では観衆の気持ちを強く引き寄せることができない。そんな時に、現地語を織り交ぜる。そうすると、観衆からどっと笑いが起き、皆の表情が生き生きとしてくる。それ以外の意味合いもあると思う。「建前」としては堂々と言いにくい「本音」を現地語で語っているようだ。
また、ウガンダでは会議は基本的に国語である英語で進められるが、ここでも時折現地語が使われる。会議の中で、現地社会としては不可解な事項、現実的でない事項があったとする。その場合、一旦話し合いが現地語に切り替わる。そして、地元の文脈で事項の解釈を皆で「本音」ですり合わせ、また英語で会議を再開する。外国人の参加する会議でも、これは時々行われ、話し合いがもつれた場合に、現地語で考え直し「本音」部分の意見を出し合って、意見がまとまったところで、外国人も分かる英語で話し始める。
「建前」としての英語、「本音」としての現地語。その使い分けを、観察してみるとなかなか面白い。