アフリカ人に向かって、「時間を守りなさい」というのは、彼らの文化の否定になるだろうか。外国人にそう発言する権利があるだろうか。
「時間を守る」、一見当たり前のように見えるが、奥の深い問題だと思う。「時間を守る」ことは、誰から見ても当たり前のことで、良いことであるように見えるが、「時間を守ってこなかった」彼らの文化を否定しているという解釈もできる。
「時間を守らない」のは、特に商業活動において致命的だ。アフリカの商業が発展しない理由の一つがここにある。また、「時間を守らない」ということは、「約束を守らない」ことを意味し、更にいえば、人間関係や社会を構成できないことを意味する。
彼らが商業的に発展しなければならない、または、社会を構成しなければならないという義務はない。誰もそれを彼らに押し付けることはできない。
「たくさん働くのはしんどいから、商業的に発展しなくても良い。」、「約束を守るのは大変だから、社会が構成できなくても良い。」、そう思っている人は多い。そういう選択肢はありだと思う。ただ、その場合、商業活動の報酬、社会の提供するサービスを受けられなくなるから、それを口にはしない。
それでも、それがアフリカの文化というのであれば、彼らには「時間を守らない」権利がある。逆に、「守る」と言わせる方法はたくさんあると思う。しかし、本気でそう思っているか、本当に出来るかは、別問題だ。その前に、「守らない」という選択肢を与えること、事実ではなく真実として見極めること、が大切だと思う。