日本人は、とても物造りが上手な人達だと思う。その背景には、日本人の柔軟性があると思う。その柔軟な思考が豊かな発想を生み出しているのではないだろうか。
神仏習合とは、日本の柔軟性を上手く表現した言葉だと思う。火の神、水の神、山の神がいて、神社に行くと神道系の神様がいて、お寺に行くと仏様が居る。全てが否定されずに、共存している。しかも、それぞれを信じる人達の集団が社会を構成しているのではなく、一人一人の一つ一つの心の中に多くの神や仏が同居している点が面白い。この神々の同居は、多神教とは異質で、多宗教と呼べば良いのだろうか。このような柔軟な信仰を持つ国は数少ないと思う。
正月が来れば神道系の神社にお参りに行き、結婚式はキリスト教の教会に行き、人が死ぬと仏教のお寺に行き、お盆になると古典信仰的な心霊話に盛り上がり、道を歩けばお地蔵さんにお辞儀をする。多くの宗教や信仰があって、一貫性はない。多くの国では、一つの宗教が他を否定して排してしまう傾向があるので、一人の人間が複数の信仰を持つこと、それを公にすることは難しい。
平和が好きで、協調性の強い日本人は、多くの宗教や信仰が同居することを選んだのだろうか。一神教を信じる外国人には、理解できないかもしれない。しかし、それが日本人に物事の多くの考え方と捉え方を与え、柔軟で自由な思考を可能にしたのではないだろうか。その功罪はあるのだろうが、柔軟性があって一貫性のない日本人、私はそれは日本人の特長(特徴ではなく)だと思う。