この事件で二つ意外なことがあった。
一つ目は、私が事故を起こしたこと。日本で初心者の頃は何度も車をぶつけたが、毎日車で営業をするようになってからは、殆ど事故を起こしたことがなく、ウガンダに来た後も、若かりし頃に意図的に当てたことはあったが、不慮の事故は今回が初めてだった。しかも、ノーブレーキで前走車に突っ込むという、かなり基本的なところを見落としていた。過信というより驕りがあったのだと思う。
二つ目は、被害者の対応だった。私が車から降りて直ぐに謝り、修理を約束したこともあるのだろうが、相手の対応がとても寛容だった。事故から3日後に修理の依頼に来られたので、いつもの工場で板金塗装をしてもらい、壊れた外装部品も買い揃えて待っていたのだが、部品は取りに来なかった。もう2週間もたつ。たぶん許してくれたのだと思う。あのおっちゃんが、この部品を取りに来ることはきっとないだろう。
今思うと、路上で示談がまとまったのも、相手の人柄ゆえだったのだろう。しかし、彼は示談を約束しておいて、隠れて警察で自分の都合の良い調書を作ること、または法外な修理代を請求をすることもできただろう。いずれをも跳ね除ける自信があるからこそ、私は示談をしたのだが、彼はそういう行動にでなかった。
日本語で、実直というのだろうか。ウガンダ人の年配者には、心の擦れていない健全な人がいる。数は少ない。この事故で、私は金銭的には損をしたのだが、まだこういうウガンダ人もいるのだという発見というか確認をする体験ができた。
金銭の絡む利害関係になって、初めてその人の本性が現れる。市場のおばさんが笑顔で微笑んでくれた、一緒にお話をして楽しかった、というような次元の関係性では知りえない、あるウガンダ人のおっちゃんの本性を垣間見ることができた。