ウガンダに住んでいて直接の被害はないものの、やはり気になるので、最近は事務所にいると常時インターネットで地震のニュースを追いかけている。
日本人の国民性が高いと思うと前回書いたが、原発での対応を見ていると、つくづくこの国はリーダー不在なのだと思う。決定権を持った人が、責任をもって決断を下し、それを皆で実行する、ということが出来ていないのだと思う。また、責任をとる覚悟がない人に、決定権を与えているのではないか。それか、そういう人材が不足しているのか。
また、想定外という言葉が何度か出てきていたが、マニュアルのない部分での対応、これも日本の弱点だと思う。前例のないところで、誰か責任を持って決断を下す力に欠けるように思う。決定力がないのは、サッカーだけではないようだ。
日本の社会は全体的に個々のレベルが高いため、強い指導者がいなくても社会が機能する、この点は日本の社会の長所なのだろうが、それが上手く行き過ぎて強い指導者が育たないという皮肉に陥っているのだろうか。
それと、いわゆる最貧国で、かなり援助に依存している被援助国に住んでいる私から見ると、日本は援助とか支援をもらうのがあまり上手でないと思う。
もし、この惨事がウガンダで起きていたら、何百億ドルの経済損失が発生するだの、何百人の食料が必要だの、声高々に世界中に宣伝をしてまわるだろう。そして、海外の緊急援助の専門機関に素早く乗り込んでもらい、支援を実行してもらう。これはアフリカの援助依存を悪化させる一因になっているし、自分自身でどうにかしようという日本の対応も誇らしく思うのだが、今回のような特殊な場合は一般市民に出来ない部分も多くあるだろうし、緊急援助の専門の人たちに任せたほうが効率が良いと思う。
それと、日本の多くの個人や企業が金銭的な支援を発表しているが、果たして誰がその支援を実行するのだろうかと疑問に思う。何千万、何億というお金を使って支援をするには、それなりの人数も専門性も必要になる。なので、支援金が出れたら出た分だけ、ボランティアを募るなり、プロを雇うなり、支援を実行する人材を確保しないといけない。しかし、報道を見ていると、支援金の部分ばかりが取り上げられて、それをどうやって履行するのかという意識が欠けているように思う。
最後に、もう一点。上記と話が矛盾するが、なるべく援助を受け入れない努力も同時に必要だと思う。援助をしながら見返りを求めないようなお人よしは日本人だけ、くらいに思った方が良くて、日本以外の国はいつかどこかでその見返りを要求してくる可能性が高い。だから、現在領土問題のあるような国からの支援の受け入れには極めて慎重になる必要があると思う。その判断は、日本の外交に関わる人たちが決断するのだろう。
将来を悲観的に見られがちな日本だが、指導者が変わればあっという間に良くなるのではないかと思う。