

今日のウガンダの新聞は、ウガンダの新聞ではなく、1974年5月2日付けのケニアの新聞です。
以前、6-70年代にウガンダに住んでおられた日本人に関して、先人に学ぶという記事を書きましたが、今週また日本からとても興味深い資料をいただいたので紹介したいと思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/photouganda/52079455.html
上記の写真は、1974年5月2日付けのケニアの夕刊の新聞の記事です。当時は、ケニアには夕刊なるものがあったのですね。
さて、記事の内容ですが、ケニアの警官2名が、ウガンダから自動車を運転してきた日本人に、車両の違法持ち込みだと因縁をつけて、賄賂を要求し3ポンドをせしめたことで逮捕されたとあります。また、裁判所では警官の嘆願を聞き入られず、各自100ポンドの保釈金を積んで保釈され、5月31日に出頭を命じられたとあります。
とても感慨深い文献であります。感慨深い理由は下記の2点。
1点目は、ケニアの司法機関が機能していたということです。私がウガンダに来た1994年、既にケニアはモイ政権下で汚職や賄賂の代名詞のようになっていました。
もう1紙には、この3ポンドが70シリングと掛かられていましたが、夕刊が50セントとありますので、今のニュービジョン紙の価格1,500シリングの10倍くらいの価値でしょうか。15,000シリング、日本円で千円くらいです。たった千円くらいの賄賂で、警官が逮捕されるなんてことは現代アフリカでは考えにくく、しかも裁判所で賄賂の100倍近い金額を積まないと保釈されないなんて有り得ません。
それで、それが夕刊とはいえ、新聞の1面で取り上げられていることも驚きです。現在では、数千万円クラスの汚職事件じゃないと、1面では取り上げられないと思います。
2点目は、たった3ポンドの賄賂で裁判所まで行く日本人がいたということです。相当悔しかったのでしょうが、本人の正義心も相当強かったのだと思います。彼は、それを許すことができなかったのでは。現代日本人で、これだけの正義心と根性をもって、且つ行動に移せる人がどれくらいいるのかな、なんて考えさせられます。
このブログでも、常々アフリカを知ったような物言いをしている私ですが、まだまだ私の知らないアフリカがあるのだなと勉強になりました。これからも、勉強勉強です。