
映画でも取り上げられ、何冊もの本になったルワンダの虐殺と違い、ブルンジの虐殺は未だに実態が明らかになっていないままのようだ。
ルワンダの虐殺の約半年前の1993年10月21日にブルンジの虐殺は起き、大統領の死をきっかけにフツが多くのツチを殺したとのこと。この虐殺で亡くなった人の数は、政府発表が2-30万人だが、被害者側には80万人と主張する人もいる、80万人は多過ぎるけど、2-30万人というのも少な過ぎるのではないか、でも死体は川に投げ込まれたり、トイレに捨てられたので、実数は誰にも分からない、と英語通訳が言っていた。
ルワンダは虐殺された方が勝ったので、多くの虐殺記念館が作られたり、大々的にそれを公表しているが、ブルンジは虐殺した方が勝ったので、その実態は公表されることなく、虐殺の記念館なるものも殆どないのだとか。
歴史は勝者によって書かれる、勝てば官軍負ければ賊軍、というのをつくづくと感じた。現在、日本で教えられている歴史も例外ではないのだろう。
ブルンジは英語を話す人が少なく、今回女性の英語通訳に同行してもらい、歴史や社会より自分の外見の方が大切そうな感じの人だったが、ルワンダでもブルンジでも虐殺の背景に資源とか先進国との関係性があるっていうけど、もともとお互いに嫌いだったんだと思う、嫌いじゃなきゃあんなに人を殺せる訳がないと言っていた。一個人の主観の入った意見ではあるが、それも一つの事実なのだろうと思った。