ある国会議員が、戦争に行きたくないのは自己中と発言したことが話題になり、常々私のもっていた日本への違和感が更に強くなった。
あまり響きは良くないかもしれないが、平和ぼけ社会の戦争アレルギー、こう呼ぶのが、一番分かりやすいだろうか。
日本での反戦に関する報道の仕方、一般市民の反応を見ていて感じるのが、戦争への拒否反応の異常なまでの過剰さだ。都市部での空襲や原子爆弾の投下など、日本は戦争で本来あってはならないほど強烈な痛手を受けて敗戦し、また現代日本人は戦後に他国の方針に基づいた教育方針で歴史を学んだことが、背景にあるのだろうと思う。
戦争がない方が良い、戦争には行きたくないというのは、極当たり前のことで、全うな意見だと思う。ただ、日本が戦後70年戦争を放棄して平和を願っている中、ロシアや韓国は日本の領土を占領し続けているし、北朝鮮は核兵器を作り実際にミサイルを発射し、アメリカ軍は日本での駐屯を未だに続けていて、中国が尖閣諸島を狙っている。
今回の一連の報道や読者のコメントから、日本人は現実から必死に目をそらして、必死になって戦争の可能性を否定し、どうにか戦争を遠い昔の過去の非現実的なことと信じたい、そんな現実逃避をしているようにみえる。強烈な敗戦と戦後教育の結果なのだろうが、自身がいくら戦争を放棄したと言ってみたところで、脅威が日本を囲んでいることは明白な事実だ。
この戦争への拒否反応を現実逃避と言ったが、戦前は逆に現実を無視して戦争に進んでいったのではないだろうか。それと、明らかに一般市民を大量に殺害する目的をもって行われた空襲や原爆は、これほどの戦争アレルギーを引き起こすほど非人道的で、あってはならないやり方だったのだろうと思う。
いくら日本が戦争を放棄しても、他国が放棄していない場合は、残念ながら戦争はなくならない。反戦を呼びかけるなら、戦争をしていない日本政府ではなくて、実際に戦争をしている人たちにそれを呼びかけなくては。しかし、呼びかけたところで、中国、アメリカ、ロシア、彼らは戦争を放棄してくれるだろうか。
この戦争アレルギー、これがどうやったらなくなるのか。戦争が良くないのは間違いないのだが、見ざる聞かざるで目を背けるのではなく、やはり現実を見てちゃんと自分で考える必要があると思う。実際に何かが起きたから考えが変わったというのは、どうにか避けたいと思う。