1次元であること

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最近、移動が多い。車の前に続く道を見ながら、毎回思うことがある。

「道の上を歩くことは、1次元にしかなりえない。」

物理的には、道が左右に曲がり、坂を上ったり下ったりと、3次元的動きをするのだが、実際には道から離れられないという点、左右でも道から外れない、道に沈んだり空中に浮くことはできないという点において、結局は道という線の上を1次元的に動いているだけなのではと。

世界には、都市と都市を結ぶたくさんの道があって、たくさん交差点もあって、いろんな選択があって、いろんなところ、どこにでも行けるように思うのは錯覚かもしれない。既に人が行ったことがあるところに、道まで付いているところに行っても、つまらない。人の行ったことのないところ、道も付いていないところに行ってみたい。

今時、人が行ったことのないところなんて、世界中探してもどこにもない、きっと。それと、道を外れることは大変だ。道のない草原や森を歩くには、藪を掻き分けなければならない。蛇がいるかもしれない。その先に何があるか、何もないのかも分からない。道も目印もないから、帰って来られなくなるかもしれない。面白いところは、既に誰かが見付けていて、既に知られているだろうから、恐らく面白いものは見付からない。

もし、私が大金持ちだったら。昔の探検家のように、大勢でキャンプ用品を運んで、道のない山に入る。軽飛行機で飛び回る。でも、飛行機は空港がないと着陸できない。ヘリコプターも木が生えている山には着地できない。燃料の心配もしないといけない。

やはり、この道を前に進むしかないのか。いや、それじゃつまらない。

車内は現実の写真。ネットをつないでメールを受け取って、携帯で連絡もして、とりあえずは働いて稼がないと食べていけない。

最近、移動が多い。だから、移動中も仕事をしなければ、時間が足りない。現実、現実。

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