ジェネラル・イディ・アミン・ダダ

Pocket

イメージ 1

カンパラの路上で海賊DVDを売っている行商から買ったDVD『General Idi Amin Dada』。アミンが現役の大統領の時の映像なので、71年から79年の間に制作されたものと思いますが、正確な年は分かりません。フランス人の作った90分の長編ドキュメンタリー映画です。

クーデターを起こして、ウガンダの大統領になったイディ・アミン。不人気だったオボテを倒したという理由で、国民はクーデターの成功を喜んだといいます。学歴や思想もなく、決して頭の良いほうではなかったといわれるアミンが、自らクーデターを企てるというのはあまり考えにくく、このクーデターの後押しをしたのは英国と言われています。

その後、明確な反英路線を歩むアミン政権。自分の後押ししたアミンに裏切られた英国は、ウガンダに対して経済制裁を行い、また報道を使ってアミンを狂気の独裁者としてのイメージを固めていきます。映画『ラストキング・オブ・スコットランド』もその延長上にある作品のようです。

この長編ドキュメンタリー作品の中で、アミンのインタビューが何度も出てきますが、アミンの過激な発言が目立ちます。しかし、下記のように書き出してみると、確かに過激ではあるものの、事実を事実として言っているだけの部分も多いともいえます。歴史の認識はその時の社会の状況によって大きく異なりますが、アミンの功罪の認識も今後どう変わるかは未だ分かりません。

本人に関して
*私は貧しい家庭に生まれ、父はお金を持っていなかった。畑を耕して得たお金で食べ物を買い、自分の学費も払った。
*強制的に軍隊に入らされ、行きたくなかったが、ビルマに連れて行かれ、世界第二次大戦でも戦わされた。

ウガンダに関して
*私の父たちは、担架の上の椅子に英国人を担いで、何キロも歩かされた。
*間違いを犯すと、英国人から鞭打ちにあった。
*カラモジャにて、8月4日の朝5時ごろ、ウガンダの経済を搾取している外国人を追放することが、ウガンダの最後チャンスだという夢を見た。朝食も食べずに、その場を離れ、経済戦争を宣言した。
*資本主義でもなく、社会主義でもなく、両方の良いところを採用したいと思っている。

英国に関して
* 英国を支援したいと思っている。寄付が4万3千シリング集まったが、ヒースさんから未だ返事がない。食料の寄付もあるので、飛行機を送るようお願いした。私自身、英国救助基金(Save the British Fund)に1万シリング寄付した。
*ヒースさんがウガンダに来ない限り、私は二度と英国人とは話さない。だから、私はここで経済戦争を宣言した。

アメリカとイスラエル
*アメリカに奴隷として連れて行かれた彼らは、アメリカに行きたくなかった。だから、彼らはアメリカで独立すべきだ。黒人がアメリカの大統領であるべきだ。
*アメリカの黒人に特別な言語を準備したい。英国殖民主義からの洗脳をしたい。スワヒリ語かもしれない。
*イスラエル人は難民としてパレスチナにやってきて、アメリカと英国の武器を使って、イスラエルの国にした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA