今日は辛い決断を実行しなければならない日だった。
2月2日、今日ウガンダの小学校の1学期が始まった。12月の上旬に3学期が終わり、1ヶ月以上の休みの後だった。2月に始まり12月に終わると、「年度」と「年」のややこしさがなくなる。
長女は今年5年生になる筈だったが、私が反対してもう一年4年生を繰り返してもらうことにした。理由は、4年生の学力がなく、5年生の授業にはついていけない、今のような状態で進級して中学に入ったら取り返しの付かないことになる、と私が思ったから。他の生徒と比較して劣っているという点だけではなく、単純に読解力などの理解力が乏しく、おそらく授業を聞いても理解が出来ていないだろうというのが、私の思ったところ。
うちの娘の学力のないのは、本人の素質なり努力が足りないからで、先生や学校のせいではない。同じクラスに勉強の出来る子供がたくさんいるのだから、それは明らかだ。娘の行っているのは私立の現地校だが、私の進級反対はすんなりと受け入れられて、4年生への編入が許された。なのであれば、学校がそう判断することも出来たのにともいえないこともないのだが、それを言うのは親の無責任であって、こういう決断は学校ではなくやはり親が責任をもってするべきだと思う。
今回は我が子であったのだが、平等に教えることの弊害を感じた。子供たちの素質や学習能力は絶対に同じではないのに、なぜ皆に同じように教えるのか、いつもこれを疑問に思う。せっかく5クラスも6クラスもあるのだから、学力別にクラス分けをして、それぞれの学力に合わせた教え方をしたほうが効率が良いのは間違いのない筈なのに。しかも、その学年の学力を習得する前に、進級までさせてしまう。
僭越ながら、私は娘とは逆で習得が速かった方で、半年もあれば十分できることを、きっちり1年間かけてやらされるのは苦痛だった。それを口にすると先生に怒られるから言わなかっただけで、そう感じたことのある人は多いのではないだろうか。それが理由で、私はあっさりと学校の勉強への関心を失った。娘は全く逆の理由で、勉強への関心を持てない状況に陥ろうとしていた。
いわゆる「一斉教育」の弊害なのだろうが、「年齢」ではなく「学力」に合わせた教育方法に変えられないものかと思う。