ウガンダから消えゆく日本製品 その2

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しかし、なぜこうも日本製品が姿を消していくのか。やはり値段という要素が一番大きいのではないか。その基準はまちまちなのだろうか、いわゆる「良いもの」が日本以外でも生産できるようになった現実を日本人は受け入れる必要があるのでは。

良くて、且つ安い製品を作ることを考えると、やはり日本人の賃金の高さが一番の障害だろう。工業立国の日本の工場が海外に流出し、国内が空洞化しているのだから、日本で良い製品が製造されるのはそもそも期待できないようにも思う。

日本製の製品は海外で激しい値段競争に直面しているのに、日本人の労働賃金だけがそれに直面しない訳にはいかないと思う。労働者を守ろうとするあまり、高い最低賃金を設定したり、なかなか解雇できない制度にしたりするが故に、どんどん雇用者が社員を雇用しにくくなる。また、あっさりとは解雇できないために、雇用者が陰湿な解雇の方法を考え出したりと、雇用者と被雇用者の関係性が崩れる悪循環に入っているのでは。

先ずは、必要とされる製品を作ることを大前提に現実を受け入れて、それに見合う雇用方法、賃金というのを日本人がもっと切実に考えて行かないと、この日本製の製品が姿を消していく現象に歯止めをかけることはできないと思う。

また、産業の保護も恐らく行き過ぎていて、GDP5百ドル人口3千万人のウガンダに携帯電話会社が5社もあるのに、GDP4万4千ドル人口1億人の日本にそれが3社しかないのはどう考えてもおかしい。日本から魅力的な携帯電話が生まれてこないのも、このような過剰に守る制度が背景にあると思う。

あと、考える力がないと物造りはできないし、学校が今社会の求めている人材を輩出しているかという疑問もあるので、日本の教育も変わっていかないといけないと思う。

ただ、日本は首相が毎年変わるなど、政治が上手く機能していないので、誰かが方針を決めて、それを実施するというのも、なかなか期待できないように思う。

悲観的なことばかりを書き続けたが、実際に日本という国にはそういう現状があるし、競争に負け始めているなどの現実を受け入れず、変わらないといけないという危機感もなく、このままでは取り返しのつかないことになりそうで心配でならない。

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