
エチオピアに行って、毎回感心するのが、物作りの基盤だ。いわゆるブラック・アフリカには物作りの基盤がないところが多く、実際に製造業の発展は芳しくないが、エチオピアは例外的な存在といえると思う。
先ず、お店での商品の展示の方法。大変恐縮ながら、外資系や大手のスーパーを除けば、アフリカのお店というのは得てして乱雑にものが置かれており、雑然としているのだが、エチオピアはマルカトのような大衆市場でも商品がピシッと一列に並べられて販売されている。植民地化の歴史もないので宗主国から教わった訳でもなく、外資のスーパーで外国人資本家に教えられた訳でもないのに、普通の市場で自然と自発的にこれができている。
次に、働く文化。エチオピア人は良く歩く。ある取材で、取材対象が自宅から近所のレストランまで行くとのことで、同行した。何気なく、普通に外出したのだが、結構なスピードで彼は約2-3キロ先のレストランまで歩き、我々は撮影機材を持ってそれについて行った。アフリカも都市部はどんどん自動車社会になりつつあり、2-3キロは通常乗り物で行く距離になりつつあるが、この都市部に住む彼はなんの疑いもなく歩き始め、最後まで普通に歩いた。
他では、ソーダをケースごと背負って歩いて行く人たち。日本には、ボトルの炭酸飲料がないが、ビール瓶用のケースというと分かりやすいだろうか。それに紐をかけて、背負って歩く。ある日、そんな人たちがたくさんいるので、彼らはどこに行くのかを聞いたのだが、そこから山道を1時間以上歩いて、お祈りの場所に行くところで、行った先で自分たちが飲む用のソーダを運んでいるらしい。男女共に細身で小柄な人も多いが、全く辛そうな感じはなく、会話を楽しみながら、如何にもピクニック気分で足早に歩いていた。オリンピックで金メダルをたくさんもらえるのが、良く理解できた。普通のアフリカなら、日当をもらってしぶしぶ運ぶのだろうが、自発的に楽しんで運ぶなど到底考えられない。
あとは、繊維業を始め、もともと自分たちで何かを作っていたという事実。綿花も自国内で栽培していて、綿を手作業で紡ぎ、手作業の機織り機などを使って、服も自分たちで作れる。コーヒーに関しては、発祥の地で、もともと自分たちでコーヒーを飲む文化がある。今でもエチオピアで生産されるコーヒーの半量ほどは、国内で消費されているらしい。もともと自分たちで飲食していた、自分たちのものが認められて、世界に広まるという、理想的な順番で現在に至っている。他のアフリカで、コーヒーは宗主国によって換金目的で導入され、自分たちでは消費しないというのは、やはり順当でないし、基盤の強さがない。
この点は個人的な趣向が入るが、絵画。エチオピアはもともと宗教画を描く文化があるためか、この近辺では一番絵画のレベルが高い。これも自分の主観がかなり入るが、3万円くらい出せば、結構立派な絵画が購入できる。国内産業としての映画産業は先日書いたとおりだ。
といった感じで、他のアフリカでは信じられないほど、エチオピアの製造業のレベルは高い。また、他のアフリカの国と比べ、外資系の会社が圧倒的に少なく、上から下まで全員エチオピア人の企業が頑張っているのも、エチオピアの特徴だと思う。
エチオピアの急成長は、多くの人が認めるところだが、あっという間に他のアフリカの国の手の届かないところまで行ってしまうのだろうと思う。
最近聞いた話だが、1970年後半と1980年代のエチオピアは軍事政権で混乱期にあったが、その期間でもオリンピックをはじめ陸上競技で多くメダルを得たが、その賞金はもれなく全額政府に没収され、個人には賞品だけが与えられたらしい。それでも、走る目的は国の名誉だったと。銭・銭・銭・銭とひたすら金のために、アフリカ人ランナーは走ると信じていたので、大変驚いた。