コロナがまだ始まったばかりの頃、ロックダウンの影響で大気汚染が減り、空気が澄んで遠くまで見えるようになったなどの記事を見ることがあったが、コロナが始まって私の身の回りで減ったと思える公害は、集会がなくなったことによる騒音公害だった。
アフリカに住んだことがある人は皆知っていると思うが、人が集まると皆大きな音で音楽をかける。しかも、尋常ではないレベルで音楽をかける。健康を害し、精神を病み、心を病むレベルの大音量だ。何らかの集会で大音量が始まると、会社であればその日は電話に出ても会話にならなくなるし、うるさ過ぎてほとんど仕事が手につかなくなる。自宅で大音量が丸一日続くとそれは拷問そのもので、音による拷問がどれだけ効果的かをよく理解することができる。
コロナのお陰で、そんな騒音公害から長らく解放されていたのだが、年の瀬のイベントなのか、今日まさにお昼頃から大音量に悩まされている。音が大きいだけならかかる曲によっては音楽を楽しめるのかもしれないが、例外なく皆ボロボロに壊れたスピーカーの音量を最大にするものだから、出力限界を超えて音が割れているので、不快感という要素が加わる。
不思議なことにこちらの人は割れた音を好む傾向があり、プロの人に頼んでもわざわざレベルオーバーで音が割れたものを収録してくれることもあるし、収録した音楽を一般の人に聞いてもらっても、少し音が割れているものを傾向があった。
今日の大騒音は時々静かになって、人のスピーチが入ることがあるので、結婚式だろうか。お昼頃から始まったこの大音量が夕方には終わればいいのだが、深夜まで続くと気が変になるので、いつまで続くのかと今から心配だ。大音量が10時間続くと、その間何もできなくなってしまうし、精神を病んでしまう。
話しが変わるが、結婚式かなと思ったところで、今日が元社員の結婚式だったことを思い出した。
(続く)