今までにも何度か犬を飼ったことはあって、前に飼った犬もそれなりに可愛がっていたのだが、今回の子達の方がよく面倒を見ていて、年をとってからの方が可愛いというのは犬の場合も同じなのだろうか。
今回、番犬として大型犬を飼うということで、早めにしっかり躾をしないと先々大変なことになると思い、犬を引き取って直ぐにいろんなトレーニングをしてきて、幸い犬の方もそれを学習してくれている。ただ、私が犬をトレーニングすればするほど、私は犬本来の自立を妨げているのではないか複雑な思いになってしまう。
スワレと言われたら座って、マテと言われたら待ち続けないといけなくて、餌も食べるよう言われるまで食べてはいけなくて、拾い食いもゴミ漁りも禁止されていて、飼い主がボールを投げたらそれを飼い主のところに持ってこないといけなくて、はっきり言って人間の都合の良いことを犬に押し付けているだけで、犬の自立とは全く逆方向のことばかりだ。
そう強く思うようになったきっかけはとある獣医さんのお話で、犬には幼形成熟という性質があって、そうだからこそ犬は成犬になっても人に甘え続けるし、新しいことも学び続けるし、それは犬が家畜化されていく過程でそうなっていたというような話だった。
犬側のほうとしても、家畜化なりペット化することを潔く受け入れていて、自立するつもりはなくて、人に依存することを望んでいるのであればそれでいいと思うし、我が家の犬の甘え方を見ていると確かにそれを受け入れていて、自立する気はあまりないように見える。
ではあるが、散歩に行くと、野良犬、野犬に出会うことがあり、そのほとんどは雑種で身なりがみすぼらしい犬も多いが、人の世話になることなくたくましく生きている。きれいにシャンプーされていて、リードに繋がれて飼い主と一緒に歩く我が家の犬、栄養不足なのか毛並みの良くないものの、人の世話にならず自由に動き回る野犬、そんな対比を見ていて、どちらが本来犬があるべき姿なのだろうかと悩んでしまう。
鯨や犬を食べることは世界中でタブーになりつつあり、サーカスでの動物もだんだんそうなるようだが、犬を飼うことだけは特別扱いなのだろうか、人にとっては害獣になってしまうが、野犬として群れを作って夜間あちこち皆で徘徊する方が本当は犬は楽しいのではないか、などなど考える。
野生環境にいる動物よりも動物園にいる動物の方が長生きするのと同じで、野犬よりも飼い犬の方が長生きをするのだろうが、動物園にいる動物があまり幸せそうに思えないことを考えると、野生化した犬の方が幸せである可能性もある。
こんなこと考えつつも、クロ君とニンジャ君とハク君は我が家の犬であることに間違いはなく、私は飼い主として毎日餌を与えて、排便を処理して、散歩もしていて、犬は犬でそれを楽しんでいるように見える。私は飼い主で彼らは使役犬で番犬だ。これ以上考えても答えはでてこないと思うので、お終い。明日からも変わりなく犬を可愛がり面倒を見るつもりだ。