アフリカ回想録2022 高齢者の見たウガンダ2

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前回に続いて、日本人がどうアフリカを捉えたのかというお話。その高齢の女性は戦中、戦後を体験している方だった。

その女性と私はウガンダの村を訪れた。電気も水道もない農村で、彼らの日常を見学するのが目的だった。家電はなく、水は近くの湧き水から汲んでくる生活で、タンクで水を運ぶこと、家電が一切使えないためなんでも手動でやることはそれなりに大変だ。日本の若者がこの光景をみると、彼らの重労働に圧倒されてしまう。

しかし、その高齢の女性の感想はちがった。彼女の感想は、「このお母さんは働かないね。」だった。彼女は現代日本の便利な社会での生活と比べているのではなくて、自分が子供時代に経験したまだ日本が今のように便利でなかった時代の生活と比べているのだ。戦中なら日本もまだ水道が普及しておらず、川や井戸から水を汲んでくるのは普通だっただろうし、洗濯機などの家電が普及したのも戦後ということを考えると、洗濯を含め全て手仕事というのは普通だった。

戦中、戦後、日本人が手洗いで現代のような頻度で服を洗っていないだろうし、食事もずっと質素で現代のように手の込んだ食事を作っていないと思うが、当時の日本の生活水準は現代のウガンダの農村のそれよりは遙かに高く、それに伴い仕事量も多かった筈だ。食文化の違いを考えると、調理にかかる作業量もそうだが、農作業における作業量も多かっただろう。

高度成長期以降の日本しか知らず、水道、電気、洗濯機、炊飯器などがある生活しか知らない人から見ると、ウガンダの農村の生活は大変そうに見えるが、その更に前の日本の生活を知っている人からすると、のどかな生活を送っているなと見えるということだ。

実際、人類の長い歴史からすると、現在のウガンダの農村のような生活を送った時代の方が長かったのだから、彼らが特別なことをやっているわけではなく、それを貧困と捉える必要もないと思う。

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