アフリカでの起業という夢 その2

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前回は起業について書いてみたが、今回はアフリカでの起業に限定した話を書く。

魚の少ない釣り場
釣りをするのに、わざわざ魚が少ない釣り場を選ぶ人はいるだろうか。経済規模からして、アフリカは極めて魚が少ない釣り場であることは明らかだ。アフリカにも商機があるという人もいるだろうが、あったしても、それはおそらくかなり小規模か限定的なそれで、やはり経済力のある大国という釣り場の方が魚の数が多いに決まっている。これについては、さほど説明も必要ないだろう。

釣り場としてのインフラ
釣り場という例えで話しを続けるが、釣りの拠点を作るには、インフラが必要で、電気も要るし、水も要るし、人材も要るし、お金を預ける銀行も、ご飯を食べに行くレストランも、自分が住む家も、社会を管理してくれる行政も要る。そのいずれもアフリカにはある。ただ、日本のそれとはクオリティーとはかけ離れている。

日本で一の手間でできることに十の手間がかかり、一の費用でできることに十の費用がかかる。十かかることが前提に社会が回っていて、地元の人からするとそれが彼らの当たり前のことであり、彼らにとってはそれが彼らの日常であるのだが、そうでない前提で物事を考える習慣が付いている日本人にとっては、想像を絶するものであることも多い。

競合
いろいろと釣り場として魅力的でないと書いてきたが、ここを釣り場とする釣り人の数は多い。地元の人は当然だが、他のアジアの国々からも多くの人が来ている。私は30年間ほどアフリカで活動してきたが、インド、中国、韓国などの他のアジアの国から来ている彼らの方が、商才も商魂も日本人より優れている。とにかく金儲けに対する貪欲さ、執着心が違う。

日本人が他のアジア人ほど必死になって頑張らない背景には、過去において日本が世界一の経済大国だったことがあって、現時点では多くの分野でアジア各国の後塵を拝しているにもかかわらず、未だに日本式が一番だと勘違いしているなど、慢心もあるのではないだろうか。

秩序正しくない社会
アフリカの国々は歴史が浅く、本当の意味での建国は第三者によって行なわれている背景があり、行政が機能していないところが多い。将来どうなるか分からないが、当面はこの状態が続くだろう。そのような環境で育った人たちは、そういう社会でどのように振る舞い、立ち回るべきか自然と身に付けている。

反面、日本の社会は行政がとても上手く機能していて、不正は先ずあり得ないし、法の縛りがないところでも、自主的にきれいな行列を作るほど秩序が正しい。なので、日本人は秩序に欠ける社会に慣れておらず、そのような環境でどう立ち回れば良いのかという術を持ち合わせていない。それは、現状のアフリカで活動するには、日本人は不利だということを意味する。

(秩序正しいことは日本人の美徳でもあり、正直で礼儀正しいが故に、日本人は地元社会から反感を買うことも少ないし、日本人と言うだけで信頼してもらえることも多く、先人たちが築いてくれたそれを壊してしまうのは考えものだ。)

異邦人
アフリカを含め海外に住むと、日本人は異邦人になり、異なる文化の中で少数派として生活、活動することになる。肌の色が違うため、どこにいても地元の人たちの強い視線を浴び続けるし、全ての生活、活動を異なる文化の中で続けることになる。

また、アフリカで日本人であるということは、信頼できるお金持ちの人と捉えられることが多く、また同時にそれは現地の人からのタカリの対象になることを意味する。これは日本人だけでなく他のアジア人や欧米人も同様だ。これはアフリカの悪しき習慣であるが、北米、ヨーロッパ、アジアなど、地域によって多少の違いがあっても、日本人という異邦人はなんからの差別を受けていることだろう。

本当はもっともっと書きたいことがあるが今回はここまで。その一で、私の起業はそれなりに大変だと書いたが、それをアフリカでやるとなると、更に何段も難易度が上がる。

なので、アフリカで起業したい人は、計画を練りに練って、周囲の大反対を押し切って、勝手にやるべきと思う。人に背中を押されて、なんとなくやるようなことではなく、全てを背負うくらいの覚悟を決めてやるべきだと思う。

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