大統領選挙期間中のインターネット遮断から考えたこと

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今日、2026年1月15日はウガンダの大統領選挙の投票日だ。今回の選挙期間中はインターネットを遮断しないと政府が発表していたのだが、前々日にあたる13日の16時過ぎに18時からインターネットを遮断すると発表した。通知期間は2時間くらいしかなく、皆が皆常にニュースを見ている訳でもなく、気付いたらインターネットが切れていたという人もいたことだろう。

インターネット遮断の知らせを聞き、先ずは銀行のATMに直行していくらかの現金を引き下ろした。有事の際はとにかく現金が強い。というか、現金しか使えなくなる可能性がある。そして、有料テレビを契約した。デコーダーを買ったお店が購入後の手続きをやってくれず、有料テレビの会社の事務所に行ってみたところ、その周辺は車だらけで渋滞していて、事務所の中には100人を超える人が駆けつけていた。少し混沌とした感じだったが、会社の人はちゃんと丁寧に対応してくれて、地元のテレビ局に加え、BBCやCNNも見られるようになった。

こんな感じで、いろいろと面倒なことになりつつも、インターネット遮断という手段は有効なのではないかと私は思っている。ペンは剣よりも強しという言葉が古い言葉があるが、現代ではテレビ、新聞、ソーシャル・メディアなどメディア全般がペンの役割になっていて、その「ペン」の使い方を誤ると、いわゆる警察や軍などの「剣」をもってしても鎮圧することのできないような暴力を生む。私が言うまでもないが、現代のSNSには数多くのデマが出回っていて、生成AIを使った偽情報が氾濫し、それらが放置されている。

1994年のルワンダの虐殺では、ラジオというメディアが使われたことが知られているが、それによって多くの一般市民が暴力装置になってしまった。2007年、ケニアの大統領選挙後の暴動では、結果的に与党が大逆転で勝利を収め、中間発表で野党の勝利を信じた人たちが暴徒化した。大虐殺後の荒れ果てたキガリの様子、暴動直後のどれだけ車を走らせても家という家が全て焼き尽くされているケニア西部の光景を自身の目で見たが、今でもそれを忘れることはできない。

当時の政府が誘導して起きた虐殺、勝利を信じた一般市民が起こした暴動など性質は異なるが、いずれもメディアが大きな役割を果たしていたこと、それとデマや誤情報を簡単に信じてしまう人や、自身に都合良く解釈してしまう人が多くいることを考えると、多少の不便があったとしても、人の不安を煽らないこと、一般市民を暴徒化しないことで治安を保つのが一番大切だと思う。

情報を制限するということに対しては、民主的でない、透明性を担保できていないなどの批判もあるだろうが、それがアフリカでの現状であり、それが現実となっている。現在世界を支配しているのは、政治は民主主義でなければならないと信じる人で、彼らによって作られたアフリカの国は現在も被援助国という背景もあり、その制度に従っている。

全有権者の直接選挙で行う大統領選挙においては、公正な選挙を行う行政力なり国民の判断力が必要で、これだけの問題が起きているという事実から考えて、この民主主義なり選挙制は現状のアフリカには不向きなのだろう。民主主義や選挙制を絶対視せずに、アフリカの現状に見合う現実的な統治制度というものを一度考え直して欲しいと思う。

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