禁インターネットの効果

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あれだけインターネットを遮断しないと言っていたのに、十分な通知や説明もなくインターネットを遮断されてしまった。5年前の選挙でもそうだったし、仕事の関係で携帯電話の圏外に行くことはあるので、インターネットを使えないことに慣れているといえば慣れている。とうか、私はインターネットが存在ない時代に育ったので、慣れていて当然だ。今、インターネットが使えない中、最近ずっとサボっていたブログをこうやって書いている。インターネットがないと、情報源はテレビや新聞になるが、テレビも選挙報道ばかりで音がうるさいので消した。

選挙結果が発表されて状況が落ち着くまでは政府はインターネットを再開させないだろうから、それまではメールもワッツアップやラインのメッセージも届かない。一切のウェブサイトも見ることができない。5年前もそうだったが、こうやってインターネットから切り離されて見ると、現代の日常生活において、いかに何かのメッセージが来るのを常に身構えているか、いかにネット上の刺激の強い情報を欲しているかがよく分かる。それらの刺激に脳は疲弊しているのだが、それにさえ気付かないまま、睡眠を削ってでも、更なる刺激を求め続ける。

とにかく、私は今インターネットを介した連絡を受ける可能性は一切ない。締め切りを過ぎた仕事があっても催促されないし、もし仮に借金があったとしても催促の連絡は来ない。私が社会人になった頃、インターネットは存在せず、会社を出たら仕事は終わりで、本当の意味で仕事から解放されて自由だったが、今インターネットが遮断されて、その自由が再現されている感じを受ける。昨年末からの長い長い年末年始のお休みの後に、再び連休のような状況になっているが、インターネットがつながらない分、開放感の度合いが違う。

パソコンを開いてもネットにはつながらないので、タイプライターのような使い方になる。こうやってブログを書きながらも、ときどきブラウザを開いてネットニュースを見たりやメール受信を気にかける必要もなく、純粋に書くことに専念できる。本を読んでいても、チラチラ携帯の画面を見ることもないので、読書に専念できる。

ニコチンと同じで、中毒性が故にそれに慣れるとそれを自らの力で手放すことが難しくなるが、実際に禁煙してみると如何に喫煙が有害であったか、タバコを吸わない状態が如何に健康的であるかが分かるが、インターネットという中毒性のある道具もかなり有害性が高いと思う。これは実際にインターネットを絶って、インターネット中毒が治まるまで継続してみないと体験することができない。今回はほぼ予告なしに起きた禁インターネットだったが、ちゃんと事前に計画を立てて準備をした上での禁インターネットであったら、もっと楽しむことができただろう。

冗談ではなく、本気で言うが、毎月1ヶ月間に何日間かでも毎年1年間に何日間かでも良いので、強制的に禁インターネットできるシステムを作ってみてはどうかと思う。精神的な健康状態は間違いなく良くなると思う。

 

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